日本はそんなに悪いことをしていたのか、韓国の反日は何故骨抜きで子供騒ぎに見えるのか (前編)

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戦争がおこると、戦勝国が自らを正当化する『歴史』を作ってきました。

要するに自らが都合の良いストーリーを『真実の歴史』として、後世に語り継いでいく。こんなことを東洋でも西洋でも、人類は繰り返してきました。

私たちは日本人に生まれながら、過去の戦争は我々が一方的な加害者で制裁を受けるべくして受けたのだ。と教わってきています。

これも戦勝国の見聞に大きく偏った歴史として、無防備に受け入れてしまっているのではないでしょうか。

まとめ

今回は記事が長くなってしまったので、まとめを先に書いちゃいます。

今、日本は韓国、中国から執拗なバッシングを受けています。((笑))

中国はまだ理解できます。でも、もし日本という存在が無ければ、中国はロシアの植民地になっていたのは間違いないでしょう。

そうなると、あの大きな国インドがイギリスによって散々な目に合ったのと同じか、それ以上に悲惨なことが起こっていたのは容易に想像できます。

必ず白人による黄色人種の差別=「人間として認められない」という目にあったことでしょう。

当時の白人による植民地政策は悲惨な物でした。

現地人の虐殺、金品の強奪、文化・言語・宗教の全面否定、人民の奴隷化とされてきたのです。

対して日本の統治は、アジアを今のEUヨーロッパ連合のような大きな連合体にして、白人たちが行っていた武力による侵略を阻止して、白人たちから日本、引いてはアジア全体を守る事が目的でした。

韓国については、もう訳が分かりません。

当時の王朝が日清、日露戦争に勝った日本に泣きついて、保護国という立場で日本に保護してもらうよう申し入れてきたのです。

日本が統治を始めると、朝鮮は王朝時代の奴隷制度も撤廃、それまでなかった学校教育を行い、日本の高い技術でインフラの整備をし、裕福な社会を実現し、米農作の技術向上、とあらゆる貢献で朝鮮民を救ってきたのに。

日本のお陰で朝鮮は、ロシアや中国の威圧からも解放されました。

ハングル文字や朝鮮語も取り上げません。むしろ尊重して、学校では必須科目にしたほどです。欧米の植民地政策とは雲泥の差です。

慰安婦問題に関して言えば、慰安婦は当時の兵隊さんに向けての慰めで、その存在の良し悪しは別として、日本でも多くおられました。当時の朝鮮人は日本人とみなされていたので、民族的な差別が背景にあったとは考えにくい事案です。

あの時代、日本はどのように追い詰められ、戦争にいたったのかを振り返ってみます。

なぜ日本は戦争に突入していったのか?

軍事力だけが物を言えた弱肉強食の時代

その昔、世界は白人による発展途上国の植民地化が、当たり前の時代でした。

その植民地の2大勢力はスペイン、ポルトガルでした。それを追随するようにイギリス、オランダ、なども植民地を開拓していきます。

欧米諸国は発展途上国のアフリカ、南アメリカ、アジア諸国にどのように植民地化を果たしていったのでしょうか。

交渉?取引??

皆さんご存知の通り、有無も言わさぬ軍事力、暴力によってです。

植民地下に置かれた現地の人は、奴隷のような扱いをされ、島の資源や金目のものはすべて占領国に奪取されていきました。南米ではポルトガル語やスペイン語を話す国が多くあるように、占領国は現地民族から文化や宗教、言葉まで奪い、自分たちの価値観を植え付けました。

これらが白人主義、欧米がやってきたことです。人種差別以外のの何物でもありませんね。

日本はその欧米に学んで、アジアに植民地政策を行っていったのでしょうか?

答えは「ノー」です。

日本がとらざるを得なかった行動

日本も江戸後期に、ペルー率いるアメリカの軍艦4隻に武力で威圧され、開港を余儀なくされてしまいます。

その後は薩長同盟、倒幕と時代が進み明治政府が誕生するわですね。

まさにその時代が、世界では白人列強国による植民地開拓が大流行の時代です。途上国の人の人権なんて無にも等しく、白人相手にまともな貿易なんて成り立つ時代ではありません。

武力を背景に、アンフェアなルールを敷かれるのは目に見えています。

国土、資源の乏しい日本は危機感を募らせます。

そこで明治政府は、学校でも習った「富国強兵」制作を打ち出し、“経済的に豊かで、世界の列強に肩を並べる軍事力を持つ”ことに全力を注ぎます。

日本の一番の目の上のたんこぶは、中国、朝鮮の直ぐ上、日本の直ぐ斜め上に鎮座する大強国ロシアの存在です。

当時のロシアは無敵をほこる「バルチック艦隊」と「世界最強陸軍」を持ち、一目置かれる大国でした。

そのロシアが植民地のブームにのって、温かい南の地を乗っ取ろうと色々な揺さぶりをかけていました。

南の地とは、中国、朝鮮、そしてあわよくば日本です。

当時の中国は「清帝国」が、朝鮮半島は「朝鮮王朝」が国を治めていましたが、どちらも経済、軍事的に弱小でした。

このまま、ロシアに中国、朝鮮半島を奪われてしまえば、日本はかなり不利な立場になり、事実上のロシアの植民地か言いなり国家になってしまいます。

それを断ち切るため、日清戦争で中国国内に「満州」という国を建国しました。

そして、満州において日本軍が送り込まれると、大国ロシアに対してけん制を利かすことに成功しました。

しかし、結局は南下政策を諦めきれないロシアと、それを阻止したい日本との間で、満州と朝鮮の覇権争いからなる「日露戦争」が勃発します。

それも日本軍の攻撃から端を発す、宣戦布告でした。

世界からは小国日本がロシア帝国を本気で怒らせたと、かたづをのんで見られている中、日本軍はロシア陸軍、無敵バルチック艦隊を撃破し戦争に勝利します。

これには世界は驚きますが、日本はこれにより大手を振って満州の開拓発展に精を出します。

ここでも、日本は欧米の植民地政策と比べると公平で、文化や言語を奪うこともなく、それまで現地で慢性的に流行していた疫病を近代化によって撲滅させたりしました。

そのような日本による中国の統治を面白くないと思っていたのは、アメリカでした。

アメリカは国としてはまだ新興国の域で、ヨーロッパ各国のように多数の植民地をもっていませんでした。

その後、アメリカはスペインとの戦争に勝利し、わずかにスペイン領だったグァムやフィリピンなどを分割して譲り受けたまでのものでした。

なので日本が独占している中国は、アメリカにとって喉から手がでるほど欲しい土地でした。

欧米の植民地政策に比べれば日本の満州統治は公平的であったとは言え、軍事力を背景に統治していた事には変わりありません。

対してアメリカは中国に対して同情的な姿勢を示し、反日感情を中国国民に植え付けていきます。

実際、国際連盟(当時の国連)で日本の主張する「満州国」は認められず、日本はその場で国連を脱退、退席します。

当時は中国国内では2つの党が内戦状態でしたが、日本に交戦すべく手を結びます。

そうして「日華事変」が勃発、日本と中国との間で再び戦争が起こります。

これを日中戦争と言います。

この中国国内の抗日行動は、国民党軍率いる蒋介石(しょうかいせき)と共産党軍の毛沢東が力を合わせて行った事になっていますが、アメリカの影の力も働いていたのではないかと思います。

事実、日本軍は軍事力で中国を圧倒していましたが、イギリス、アメリカが中国への軍事物資を送り続け、莫大な資金援助もしたため、数で圧倒していた中国軍に日本軍は手をこまねきました。

日本はフランス領インドシナに、やむなく軍を進駐させました。それにより、英米の中国への物資輸送ルートを海上で封鎖することに成功しました。

これにアメリカが激怒し、同盟国に対して日本への石油などの物資の輸出を禁止し、日本の自国内の資産をも凍結します。

これがABCD包囲網です。

A・・America (アメリカ)

B・・British  (イギリス)

C・・China   (中国)

D・・Dutch  (オランダ)

東条英機内閣は、このままでは日本は1,000万人を超える失業者が出て、経済にも人々の生活にも深刻な影響が出ることを懸念。

そして日本はアメリカに対して宣戦布告、航空母艦による奇襲作戦、真珠湾攻撃に打って出ます。

これが太平洋戦争の勃発です。

ここからの続きは

です。韓国の日本統治の真実、反日感情は作られたものというお話になります。

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