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日本人のルーツはユダヤ人? いや、ユダヤ人のルーツが日本人かもしれない話 2

ミステリー

この記事は「日本人のルーツはユダヤ人? いや、ユダヤ人のルーツが日本人かもしれない話 1」の続きです。

日本人のルーツはユダヤ人? いや、ユダヤ人のルーツが日本人かもしれない話 1
ユダヤ人と日本人、同一祖先を持つ。両者の祖先はヤコブである。という日ユ同祖論が一部の日本人やユダヤ人の間でささやかれています。 特に最近では"神の遺伝子"と言われるYAP遺伝子が日本人、チベット人、ユダヤ人にしかなく、日本人と同じ姿のモンゴ...

 

昨今の日本人のルーツはユダヤ人説の根拠として、色々な共通点や日本文化に根付いたユダヤの風習らしきものたちが挙げられます。

それらについて、紹介していきます。

ユダヤ文化と日本文化の共通点

イスラエルからやってきた来日ユダヤ人は、あまりの共通点の多さに驚かれるといいます。

失われた10支族が日本にやってきたのでしょうか。

言葉の類似点

先ずは言葉から見ていきます。

ユダヤ人が使っていた古代ヘブライ語ですが、日本語と同じ発音、同じ意味を持つ言葉が多く存在します。

日本語  ヘブライ語
書く  カク
取る  トル
住む  スム
明らかになる  バレル
話す  ダベル
寒い  コオル
傘  カサ
果汁  ミツ
泣く  ナク

 

日本語  ヘブライ語
はっけよーい残った!  ハッケ(撃て)
 ヨーイ(やっつけろ)
 ノコッタ(打ち破れ)
わっしょい!  ワッショイ(神が来た)
えっさ! 神輿をかつぐ掛け声  運ぶ
ジャンケンポン  ジャン(隠す)
 ケン (準備する)
 ポン (来い)

 

いかがでしょうか、ただの偶然とは思えないほどの一致が見られますよね。

更に文字についても日本のカタカナ、ひらがなが古代ヘブル文字に似ているのです。

 


 

 

これらの文字はほんの一部です。

この他にも「イ」「ふ」「リ」「ル」など、よく似ている文字が存在します。

風習の類似点

また、イスラエルから仕事や観光で日本に来ている人達は、日本とユダヤの風習の似ている点が多いことに驚くそうです。

例えば、我々日本人が慣れ親しんでいるお祭りのときの御神輿ですが、これはユダヤ10支族によって、どこかに隠されたとされる「失われたアーク」がルーツだと言います。

あの御神輿の金ぴかで、煌びやかな様相はアークによく似ていると分析されているようです。

 

日本の三大曳祭りの1つ「京都祇園祭」ですが、これは7月1日から約1ヶ月続くお祭りですが、イスラエルでも7月1日から約1ヶ月続くお祭りがあります。

ノアの箱舟によって大洪水を乗り越えたことを感謝し、行うお祭り「シオン祭り」です。

シオン祭りはジオン祭りとも言い、これがなまって祇園祭となった可能性もあるかもしれません。

京都の祇園祭は7月17日は山鉾巡行の日ですが、イスラエル人にとっても聖なる日で、ノアの箱舟がアララト山に到着した日です。

失われた10支族の末裔?秦氏の存在

平安時代初期の815年(弘仁6年)に、嵯峨天皇の命により編纂された古代氏族名鑑、「新撰性氏録」という、とても古く由緒ある資料に「秦氏」という外国から来て日本に帰化した人々のことが書いてありました。

西暦282年ころ、遥かかなた「弓月君」という国からやってきたとされる「秦氏(はたうじ)」です。

当時日本の人口は約600万人とされていた時代に、19万人もの大集団で日本に帰化した異国人たちです。

「弓月君」とはシルクロード沿いの国、今でいうカザフスタン付近の国です。

彼らは日本全国に散らばって住み着きました。

しかし、その中で多く住み着いたのは、古都である京都や四国の徳島などでした。

その関係で、京都の祇園祭は「ユダヤ人が自分たちの信仰、行事を司るために行った祭事ではないか?」と見てとれます。

 

しかし、一説によると京都祇園祭は869年、京都の疫病を鎮めるために行った「御霊会」が始まりとされています。

これだと秦氏の渡来と、祇園祭発祥の年代が600年近くづれてきます。

ということは、「御霊会」以前にも京都には、秦氏らによって祇園祭の原型なる祭りが存在し、それが疫病をおさめるための「御霊会」と交じり合ったのではないか?と推測しますね。

神の遺伝子YAP

「神の遺伝子」「超能力遺伝子」とも呼ばれるYAP(ヤップ)遺伝子が、世界でも日本人、ユダヤ人、一部のチベット人にしかない事が解ってきています。

日本人と容姿がとても良く似ている、中国人や韓国人にもYAP遺伝子は見つかっていないのですから、不思議です。

ただ、日本人なら誰でもYAP遺伝子を持っているというわけでもありません。

YAP遺伝子はY染色体の中にあるのです。

昔、学校で習ったようにY染色体は男性にしかありません。

 

YAP遺伝子は日本人の男性が、日本人の女性と結ばれ、生まれた子供が男性だった時だけ受け継がれるというのです。

 

日本全土に広く、遺跡や土器を残している縄文人ですが、201年の国立遺伝子学研究所の発表で、福島県で見つかった縄文人の歯からDNAの採取に成功し、YAP遺伝子も見つかったそうです。

 

縄文人と弥生人、どちらが日本人のルーツかという論争はありますが、縄文人がルーツで、後に渡来してきた種族と縄文人が混ざり合って弥生人が産まれた説が有力となりそうです。

 

また、YAP細胞にまつわるこんな話もあります。

1947年のロズウェル事件とは「アメリカ、ニューメキシコ州のロズウェル付近にUFOが墜落し、アメリカ軍がそれを回収した」とされる事件です。

その時回収された宇宙人はグレータイプという、いかにもSF映画の宇宙人らしい、全身がグレー色でとんがった顔、目、耳の宇宙人という事でした。

 

しかしその後の話では、本当は日本人そっくりの、モンゴロイドでその時にYAP遺伝子まで確認されたという事です。

当時は遺伝子技術もそこまでではなかったでしょうから、YAP遺伝子は最近になって確認されたのでしょう。

YAP遺伝子を持つ人は、温厚・親切・闘争心が少ない、とか、右脳を鍛えると超能力を発揮できる、など諸説あります。

とまぁ、YAP遺伝子に対しての興味も尽きませんが、この記事で注目したいのは、日本人にしかない遺伝子が、日本人のルーツと考えられる縄文人にもあって、さらに遠い場所で暮らすユダヤ人にもあったという点です。

 

そうなんです・・・、縄文人のくだりが無ければ、ユダヤ人の失われた10支族が日本に持ち込んだのではないか?と推測できますが、そうはならないのです。

剣山の不思議

四国、徳島県にある剣山は徳島県を代表する霊山とされ信仰の山です。

昭和の初期、聖書研究科で日本のみならず、世界からも認められる高根正教先生は剣山にユダヤの三種の神器、隠されたアークが埋められていると結論付け話題になります。

先生によると、アークだけでなくソロモンの財宝が眠っているとして、その価値は今でいう8,000億円にもなるという事でした。

 

そこで、当時の日本海軍も発掘に乗り出すのですが、その時に謎のミイラが約100体も見つかります。しかし、その後は軍がミイラをどうしたかは定かではないようです。

しかし、1964年3月に剣山は国定公園に制定され、地下都市の発掘などは出来なくなってしまいました。

 

その他にも、この剣山は謎に満ちています。

 

山の下には人口ピラミッドになっている、山頂から宇宙に向ってビームが放たれている、地下都市がある・・・。様々な説があるのです。

 

しかし、ユダヤとのつながりがあったとされる痕跡は実際にあるようです。

剣山山頂にある神社の祭祀場は神社らしからぬデザインで、ここを訪れたイスラエル大使は一目見て「ここはまるで、古代のユダヤ神殿そっくりだ」と驚いたそうです。

 

そして、この神社にはユダヤ人が祈りに使うローソク立て「メラー」があったのでした。

メラー

 

 

ところで、剣山にユダヤ人がアークを隠した、という説が本当だとして・・・

いや、アークがなくてもユダヤ人が秦氏となり、この徳島に多く住み着いたことは、先ほども記しました。

なぜ、遠く離れた土地からやってきた渡来人がピンポイントで、この剣山に行きついたのでしょうか?

なぜこんなにも謎の多い、聖地を選んだのでしょうか?

 

この山の神秘や謎を知っていたのではないでしょうか?アークは初めから剣山に持ち込む計画があったのではないでしょうか?

実はユダヤのルーツが日本人かもしれない

 

先ほどのYAP遺伝子が縄文人から、採取された話や、アークが隠されたとされる山が驚くほどの謎に満ちた聖山だったりとユダヤ人が日本の祖先という説には疑問を感じます。

そうではなく、ユダヤ人の一部は日本人を起源として、その支族(日本人を起源とする支族の末裔が)日本に帰ってきたのではないでしょうか?

その支族がエフライム族という説があります。

 

それではなぜ、日本人がイスラエルにまで行くことになったのでしょうか。

そんな話をしていきます。

 

日本で一番古い歴史書は「古事記」や「日本書紀」と言われていますが、それ以前にも沢山の書物は存在していました。

しかし、江戸中期にそれ以前の書物は信憑性に欠けるとして、歴史書のくくりから外され偽書の烙印を押されてしまうのです。

でも、科学的な鑑定技術などがない時代に押された烙印はもう一度検証してみるべきだと思うのですけどね。

 

そんな日本書紀よりも古い書物で、七台奇書と言わてる「古史古伝」によると“大和王朝、神武天皇以前にも数百代にわたって天皇が存在した”と記されています。

 

今の日本史だと、初代天皇は大和朝廷を建国した「神武天皇」が初代天皇とされています。

しかし、その前に2万年続いたとされる「鵜芽葺不合王朝(ウガヤフキアエズ王朝」などの国が日本に存在していた説があります。

その鵜芽葺不合王朝の25代、26代天皇は文字を伝えるため皇子を世界中に派遣したといいます。

それらが、ユダヤ人と合流した可能性はないでしょうか。

 

文字は先ほどみる限り、カタカナが多く類似していますが、カタカナは西暦800年頃当時の学者たちが漢字を簡略して発案したとされます。

この説を鵜呑みにすると、古代ヘブル文字との時代のズレがあり的を得ません。

 

しかし、日本にはもっと古くから文字があったとされます。

それらが「神代文字」「ヲシテ文字」「カタカムナ文字」をはじめとする、「出雲文字」「アイヌ文字」「秀真文字」「神山文字」「守恒文字」などがあります。

カタカムナ文字

他にも、熊本県阿蘇郡にある「日の宮幣立神宮」の御神体”日文石板”には古代文字が書かれています。

それは20~30万年前のもので「豊国文字」と言われています。

 

また全国800か所で40種類の絵岩が見つかっており、そのほとんどは絵ではなく、文字が書かれています。

世界で見つかる古代の絵岩は、狩りをする人々や動物の様子を描いた文字通り「絵」なのです。

しかも、日本で見つかる文字が書かれた絵岩とそっくりな文字は、ニュージーランド、ハワイ、イースター島でも見つかっているそうです。

これらから日本を含めムー大陸の一部だったのでは?という説も浮上しています。

 

スイスの考古学者デニケンによって、南米エクアドルの古代地下都市跡で日本の縄文土器とアンデスの黄金版が発見されたことがありました。

その黄金版に書かれていた文字を日本の「出雲文字」で解読すると、「これなる金の板にイサクとヨゼフ記す。ここに我がクルの宝を集めしめ、後の世に伝えて礎たらしむ。ヤハウェを我らの神と崇めよ」と書いてあったそうです。

出雲文字

日本人のルーツがユダヤ人という説はもう無理があると思えます。

そうではなくて、日本人のルーツはムー大陸のムー人、そして文明が発達していたムー人は世界各地に文字をはじめとする文明を伝えて、また帰ってきたというのが私の見解になりました。

いかがでしょうか?(^-^;

 

本日も最後までお読み頂きありがとうございました。

 

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