“中庸の姿勢を貫く”は心の鍛錬につながる?

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私ごとなんですが、最近職場が変わりました。そこで目に余る理不尽なことがらを目にするようになりました。

前の職場で一部署のリーダーであった私には、今の職場のリーダーが行っている理不尽な行為にはあきれるばかりです。

直接私には害はないのですが、特定のきれいなお姉さま1人だけをあからさまに可愛がり、その他の女性スタッフには、非常に冷たい扱いです。

私もいい歳のおじさんですから、そんな事で女子高生のように嫉妬とかそういう話ではありません。

その他大勢の女性スタッフから、リーダーとお姉さまの不平不満を愚痴られています。

ちなみに前の職場ではリーダーとして、日々が戦い。

理不尽と思えることと、相手が上でも下でも戦って来ました。

その結果、何が待ち受けているか。

相手をねじ伏せても、何も変わらない。

理不尽をシャツのシワに例えると、目の前のシワを伸ばせてもまた違う部分に新たなシワができるだけ。

結局、人は他人を芯から変える事なんてできないんです。

相手が自ら気付くしかないんです。

そこで、今回は責任がない身軽な立場を利用して、新たな試みをしてみようと思うんです。

中庸の姿勢に徹して、卑下されているその他のスタッフ達を元気にしていこうと。

その結果、職場の波動が変わり、なにか化学変化が起こるのではないかと期待して。

中庸の徳

「中庸の得」とは儒教の考えで、孔子が論語の中で触れています。

ちゅうようはとくのいたれるものなり・・・・・
なにごとをするにも、やりすぎてはいけない。そうかといって遠慮しすぎるのも良くない。ほどほどに行動するということが、最高の人徳というものであります。

引用先 http://www.iec.co.jp/kojijyukugo/vo31.htm

今回の私の職場のケースで中庸の姿勢をとる、というのは”単に中立の立場をとる”という意味ではありません。

善悪はしっかり解ったうえで、どちらにも付かない。

自分に接触または降りかかって来たときに、それが善なら「YES」と言い、悪なら「NO」と言う。

そしてそれ以上の深追いはしない。

そのとき、出来るかぎり感情を持たない。

そして元気に振る舞う。

・・・と、こんなところでしょうか。

メンターからの教え

幸せな事に、私にはいつも的確なアドバイスをしてくれるメンターがいるんです。

その方は初老のおばさまで、人として素晴らしく、色々な事を勉強し、実践しておられる方なんです。

実はこの「中庸の姿勢であれ」というのは、今回そのメンターにアドバイスを受けたのです。

今回、板挟みになりそうな雲行きの、新しい職場で私は「また戦いの日々がやってくるのかな」「もう戦いは嫌だな~」「なにかいい解決策はあるのかな・・・」

そんな思いを持って、相談してみたんです。

すると、意外な事に「戦ったってそんな人には何も通じないし、根本からは何もか変わらないよ! 戦っても無駄無駄!!」

「そこには、もう争いの構図があるんだから、その中に入っちゃダメ」

「中庸でいきなさい」

こんな感じでアドバイスを受けたのです。

そして、中庸とは真ん中で行く事ではないよ!と忠告されたのでした。

どっちの立場も、よく理解しようとすれば良い。

感情に呑まれない事。

そんなアドバイスを元に自分なりに考えた結果、上記の行動をとることに決めたのでした。

メンターからのアドバイスはいつも、抽象的というかヒントをもらえるけど答えは自分で探せという感じなんです。

だから、答えはあっているかどうかは解らないんですけど、ちがったら微調整すればいいかな、というスタンスで行くんです。

今までの私は、感情の渦に呑み込まれて摩擦をおこし、結果がどうであれ不快なモヤモヤが残る事が多かったのでした。

身軽な立場になった今、実行していくのが楽しみになってきました。

まだこれから・・・という話なので今回はここまでですが、その後の職場の様子も追記していこうと思います。

自分の解釈では、すごい良いアドバイスをもらったので備忘録的に書いてみました。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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