無敵の人が増加している?これからの社会は大丈夫?

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無敵の人とは

無敵の人とはつまり、守るべき物、地位、財産、仕事、人間関係などを一切持たず自暴自棄のような観念、価値観を持って犯罪に手を染める事に抵抗感が少ない人たちの事です。

まだ記憶に新しい2012年に「黒子のバスケ」作者に対して脅迫や嫌がらせをしていて逮捕された渡辺容疑者の供述がメディアで報道されて有名になりました。

「2ちゃんねる」を立ち上げたひろゆき氏が初めに提唱したとか。

2008年には秋葉原通り魔事件がありました。

容疑者の加藤はレンタカーのトラックとサバイバルナイフを凶器に7人の男女を死亡させ10人の男女に怪我を負わせた、秋葉原の歩行者天国を打ち切るきっかけを作った大事件を起こしました。

それでもネット上で一部の人々からは犯人加藤を神と崇める書き込みが多数あり、「格差社会のヒーロー」と賞賛されているところが当時、聞いていて怖さを感じた事があります。

無敵の人予備軍、いや無敵の人そのもの達が社会の中に沢山いることを物語っています。

黒子のバスケ脅迫事件での容疑者渡辺は公判で「これからの日本社会はこの「無敵の人」が増えこそすれ減りはしません。日本社会はこの「無敵の人」とどう向き合うべきかを真剣に考えるべきです。」とも言っていました。

自己中心的な大人の増加

人は通常幼少の時期は自己愛でいっぱいですけど、やがて家族や仲の良い友人へと愛を拡げ、さらに青年期、大人になるにつれて愛情は広がりを増し、恋人が出来て結婚、家族を持つと更に深く愛情が育まれ、老人になると今まで世話になった世の中に対して恩返しがしたいという気持ちが強くなると言います。

まさに自己愛から人類愛です

よく言われるように幼少期に周囲の大人からの愛情を受けているか否かによって、このような外へ向けた愛情を発せられない大人になるのでしょうか。

そうだとすれば確かにハンディキャップを持ったスタートではあると思いますが、人生の途中で気付き、修正するチャンスはなかったのかな?とも思ってしまいます。

こればかりは本人にしか解りませんけど、チャンスに気付く気付かないもありますし…

以下の事件の容疑者は「無敵の人」とは少し違いますが。

稲城市市役所放火事件

2015年11月30日、男がバイクで東京、稲城市の市役所庁舎に乗り込み大声で騒いだ後に放火したというこの事件。

容疑者は住所不定の渡部(47才)で約100万円の税金の滞納があり、市役所から督促状が届いて、それが原因なのかはまだはっきりと解らないようですが、以前から市役所に対して脅迫の電話をしていたそうです。

私はこの事件の容疑者については「無敵の人」と違うなと感じます。

それは”自分を守っている”という点からです。

最後はパトカーを奪って逃走を測ってみたり、逮捕後の事情聴取では「覚えていない」とまだ何か自分の利益をどこかで考えているようにみえます。

未承認のコーヒー浣腸販売で逮捕

2015年12月2日、医薬品の承認を受けていないコーヒー浣腸「カフェコロン」のセットをダイエットや便秘に効くと宣伝し無許可販売した疑いでディーセントワーク株式会社元社長・吉沢三代子容疑者ら3人が逮捕されました。

このニュースを見て印象的だったのは逮捕されたのは3人とも女性でしたが、連行される様子では、全員が顔を隠すこともせず堂々とマスコミのフラッシュの中を歩いている様子です。

逮捕直後の供述では「腸内洗浄は客が勝手にやっていたこと、逮捕される理由はない」と言っていたそうです。

その後は容疑を認めたのですが。

格差社会が悪いという逃げ

格差が少ない方が良いし、社会はもっと日本の貧困問題に目を向け解決しなければならないのは言うまでもありません。

でも低所得者がみんな無敵の人のように社会から孤立し、守るものが無いのかと言えばそうではないです。

今の境遇を他人や社会、自分以外の物事のせいにする事をやめ、人と比べる事をやめないと結局何も変わらないし誰も助けてくれません。

言うは優し行うは難し、とは言いますが心がけるのと気にしないとでは時間が経つに連れて大きな差が生まれると思います。

「幸せとは思い込みである」と誰かが言っておりましたが本当にその通りだな、と思うこの頃です。

今回も最後までお読み頂きありがとうございます。

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