ユダヤ人と日本人、同一祖先を持つ。両者の祖先はヤコブである。という日ユ同祖論が一部の日本人やユダヤ人の間でささやかれています。
特に最近では“神の遺伝子”と言われるYAP遺伝子が日本人、チベット人、ユダヤ人にしかなく、日本人と同じ姿のモンゴロイド韓国人や中国人にはYAP遺伝子は見つからない。という事が解ってから白熱しています。
またインディージョーンズの映画で有名になった、”隠されたアーク”が日本にある説を頼りに、イスラエルから使者が来たりと話題にもなりました。
この同祖論にはいくつかのストーリーがありますが、多くは”失われた10支族”が遠く離れた日本に辿り着いた、というものが多いですね。
しかし、よくよく調べるとユダヤ人が遠く日本に来たのではなく、日本人が遠くユダヤで子孫を増大させて、その一部が帰還した。という見方ができるのです。
今回はそんな話をしていきます。
まず、多くの同祖論で言われている”ユダヤの失われた10支族が日本に辿り着いて日本国を建国した”という見方を理解するためにおさらいをしていきます。
ここの話は解ってるから次行って!という方は読み飛ばしてくださいね。
そもそも失われた10支族って何なん???
この話をするには、ユダヤ人について背景をザックリ説明しなければなりません。
ユダヤ人はユダヤ教を進行する民族集団で、イスラエルという国家を持って?いますが、長い歴史のなかで、いつも土地を追われた民族です。
現在イスラエルは、ユダヤ人=ユダヤ教徒とユダヤ人の母親から産まれた子供に国籍を与えています。
そしてユダヤ人は本来12支族ありました。
一般に言われているユダヤ人のルーツ
紀元前2千年ころ、メソポタミア地方に羊を移動させながら、モンゴルの遊牧民のような生活をおくるファミリーがありました。
ファミリーの長の名前はアブラハムです。この方こそ、ユダヤ人の祖先となる方です。
彼らは後にエジプトヘ移動すると、「河向こうからやってきた人」という意味でへブライ人と呼ばれるようになります。
アブラハムは2人の息子に恵まれ、その一人は「イサク」です。
イサクは双子をもうけます。
その一人は「ヤコブ」です。
ここまで登場した3人の人物
祖父 アブラハム
父 イサク
子 ヤコブ
この3人の子孫が真のユダヤ人と言われます。
ヤコブは4人の妻に12人の子を産ませます。
産まれた順番に
ルべン、シメオン、レビ、ユダ、ユダ、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、イッサカル、ヨセフ、ベニヤミンという名前を付けました。
これらが皆、支族の長となりました。
また、11男のヨセフの子供2人マナセ、エフライムも支族の長となります。
こうなると支族の数は12+2=14になってしまいます。
ユダヤ人は12支族です。
どういう事かと言うと、次男のレビンは祭祀をつかさどる役目をになうので12支族として数えません。
11男のヨセフは兄弟からの弾圧でエジプトに売られてしまいます。
そこで残った支族は12支族となります。
ある時、世界的な大飢饉がおこり、ヤコブは家畜などの全財産を土産に一族を率いて、当時繁栄を誇っていたエジプトに移動します。
すると、兄弟たちに売られてしまったヨセフがエジプト国内でファラオに次ぐ第二の権力者になっていました。
ヨセフは一族を許し、ユダヤ祖先一族(ヘブライ人)は長くエジプトで繁栄します。
そしてこの地で一族は強大な数にまで増えました。
しかし、ヨセフが亡くなると、当時のファラオはヘブライ人一族の力に恐れを抱き、奴隷の身分にまで陥れます。
そこで大預言者モーセが立ち上がります。
紀元前1290年、モーセは12支族をエジプトから脱出させます。
その後約40年もの間、支族は各地をさまようことになります。
その苦しい時に神が一族に三種の神器を授けます。
それが「十戒が書かれて石板」「マナの壺」「アロンの杖」です。そしてそれらを収める箱が「アーク」です。
これらが、神と12支族の契約の証となります。
この瞬間、ヘブライ教=現ユダヤ教の成立となりました。
そして、モーセの跡を受け継いだヨシュアは神との約束の地、カナンに進行します。
そこであっと言う間にカナンを制圧したあと、カナンを12支族で12分割して統治をします。
これがイスラエル王国の誕生です。
更にソロモン王朝ができると、12の分割された土地は1つに統一され、イスラエル統一王朝となり大いに繁栄します。
しかし、ソロモン王が亡くなると重税や重労働などへの反発で12支族の1つ、エフライム族が反旗を翻します。
こうして紀元前925年、イスラエル統一王朝は大分裂をします。
このクーデターに加勢したのはエフライム族含め、10支族でした。
10支族はヤラベアムを指示し、北イスラエル王国を建国しました。
ユダ族、ベニヤミン族の2族は、ソロモン王の息子を正統と主張し、南イスラエル王国を建国しました。
ここまでのまとめ
ユダヤ人の父であるヤコブの息子たちを中心に、ユダヤ12支族が誕生する。
12支族はエジプトで繁栄し、人口を増やすが後に迫害を受けてエジプトを脱出。
その後約40年間一族はさまよう事になるが、その時神との契約の証である、三種の神器とアークを授かる。
そして神との約束の地、カナンに帰りイスラエルを建国するが、分裂をしてしまう。
10支族の北イスラエル王国、2支族の南イスラエル王国に分かれる。
10支族から成る北イスラエル王国は次第に堕落し、信仰を絶対神ヤハウェから偶像崇拝へ移行してしまいます。
すると紀元前722年 北イスラエル王国はアッシリア帝国に滅ぼされてしまいます。
10支族はアッシリアに連行、捕らわれの身になってしまいます。
南イスラエル王国も紀元前587年には、南イスラエル王国も新バビロニア王国に滅ぼされ、2支族も捕らわれてしまいます。
しかし、バビロニア王国がペルシア帝国に滅ぼされると2支族は、ペルシア帝国の寛大なはからいから、パレスチナに帰ることができました。
2支族は神との契約を守り、律法主義で固めた新ユダヤ教を作ります。そしてこれが現代に至るユダヤ教となります。
しかし、2支族がパレスチナ地方に戻る頃には、アッシリア帝国も滅んでいて、10支族も同じように故郷に戻る事ができたのにも関わらず、戻ることはありませんでした。
彼らはアッシリアにもとどまることはなく、何処にもいなくなってしまいます。
それが、未だに世界の不思議として語られています。
彼らはどうしたのでしょうか。
一般的には死滅、または他の民族に混ざっていった、などと考えられています。
しかし10支族は2支族よりも、神からの祝福を受けていて、その自負がありました。
そんな彼らがそのような行動をとるハズがないと考える人も少なくありません。
聖書外典「第二エズラ書」によると、絶対神ヤハウェを裏切り、偶像崇拝に堕落してしまった過去を戒め、誰も知らない土地で、誰にも邪魔されることなく、神との契約を忠実に守っていこうと決意したとあります。
そして、アジア各地に散らばっていった、と言うのが定説になりつつあります。
ここまでのまとめ 2
10支族の北イスラエル王国は信仰を堕落させ、滅んでしまい敵国に捕囚されてしまう。
2支族の南イスラエル王国はヤハウェを進行するが、やはり滅ぼされてしまい、敵国に連行され捕囚される。
しかし、両国とも解放されるのだが、パレスチナに戻ったのは2支族だけで、10支族は行方がわからなくなる。
アジア各地に散らばっていったという見方が強くなってきている。
このように、アジア各地に散らばっていった10支族が、日本に辿り着いて日本を建国した、とされる説があります。
その証拠と言わんばかりに、ユダヤ人が使うヘブライ語と日本語は驚くほど共通語が多く、日本人とユダヤ人、チベット人しか持っていない遺伝子が発見されたりと、興味深い状況証拠があります。
次の記事では、その状況証拠についてと、もっと迫って実は10支族は日本に辿り着いたのではなく、帰ってきたのではないか?というお話になります。
コメント