この記事は「【片側顔面けいれん】妻が手術を決意しまして ①」の続きです。
前の記事で書いたように、妻が手術を決意したものの、当初の手術予定だった「2020年5月」をコロナで見送りました。
その後、「2021年1月」に手術の予約をスライドし、コロナの状況を見極めていました。
結局、コロナは2021年の冬も猛威を振るい、見送ることにしました。
手術をして身体が弱まっているところに、感染でもしたら命にかかわります。
死ぬことはない病気の治療によって、命の危険があっては元も子もないです。
手術が延期になってホッとしている僕もいましたが・・
でも、妻は手術を断念せざるを得ない状況に、本当に残念がっていました。
そしてとうとう・・
「2021年10月」片側顔面けいれんの手術をしました。
実はこの少し前、我が家はコロナの第5波で、家族そろって感染してしまったんです。
2021年8月後半から、9月前半のことです。
これによって、妻の決意が固まりました。
2021年1月の手術を見送った時点で、10月に予約をしていたので今回の感染は、絶好のタイミングでした。
感染による抗体ができて、まもなくの手術になるわけで・・
こうしてコロナ禍の、妻の片側顔面けいれん手術が行われることになりました。
妻の許可をもらって、この病気に悩む方々への参考になればと記事にしていきます。
【片側顔面けいれん】手術前検査と入院についての事前説明
妻が施術を受ける病院は、都内のS大学病院です。
「片側顔面けいれん」の手術では、独特の手術方法を確立し、患者の負担を減らし、後遺症の心配が最も少ない技法を持つS先生がいるからです。
妻の場合、手術の約20日前に「手術前検査」に来院しました。
朝10時から始まり、夕方4時半ころまでかかりました。
■ 執刀医のS先生の問診
■ 採血
■ CTスキャン
■ 麻酔科の先生の問診と説明
■ 薬剤師の問診
■ 歯科検診
これらを行いました。
また、検査の後、麻酔科の先生や薬剤師さんともお話するんですが、薬剤師さんは以下のようなことを言っていました。
(血液サラサラ成分が入ってるから)
★ 入院時、お薬手帳を忘れないで
★ 10日前から検温してください
★ 入院までにネイルは取ってくださいね
★ 1週間前から、サプリメントの服用を辞めてください
★ 手術後は2~3時間、水なども飲めません
などの説明がありました。
最後は1階で、入院の説明を受けました。
この時、決めるのは
■ 部屋の希望を第一希望から第三希望まで決める
■ 入院中の部屋着を決める
です。
僕たち夫婦は部屋について、何も考えてなかったのでチョット慌てました。
部屋はこんな感じでした。
部屋 タイプ |
大部屋 5人以上 |
3~4人 部屋 |
2人部屋 | 個室 | 特別室 |
1日あたり 金額 |
0円 | 6,050円 ~7,700円 |
9,900円 ~11,000円 |
24,200円 ~33,000円 |
35,200円 ~71,500円 |
妻は個室を希望でいましたが、ある事情で一時的に大部屋に移ることがあり、いざ大部屋で過ごしてみると「ここでも良いか」となり、結局個室は1日だけで、あとは大部屋で過ごしていました。
その大部屋は6人部屋ですが、だいたい妻含めて1人~3人の入居だったと言います。
1人~3人というのは、入退院があって日によって部屋の人数がちがうからです。
部屋着は「パジャマ」「甚平」「浴衣」から選びます。
妻は「パジャマ」にしました。
あと、自由に使えるコンセントは各部屋にはなく、廊下にあるコンセントを皆でシェアして使ってるそうです。
つまりスマホの充電は、廊下のコンセントでしかできないわけです。
そこで、妻はスマホ用バッテリー充電器を、我が家の分と会社の人から借りた分で、2台もって入院しました。
我が家のバッテリーは、太陽光である程度は充電ができるので、こういう時は重宝しました。
あと食事なんですが、病院食なんで仕方ないんですけど・・
「う~ん・・」という感じだそうで「調味料を持って行ったので助かった」とも言っています。
入院から手術まで
S大学病院の場合、入院は手術の前日からで、9時から11時の間に来院するルールです。
入院期間はおよそ10日を見ます。
現在のコロナ禍では、入院の前日(手術の2日前)にPCR検査をします。
なので、僕たち夫婦は手術の前々日から前日にかけて、病院近くのホテルに泊まりました。
手術当日は、コロナのせいで付き添いも立ち合いもできないので、あきらめて帰ります。
手術の前々日、妻と二人で現地入りしました。
まず病院に出向き、PCR検査です。
希望を出していた”部屋の決定”は、この日の夕方に電話がかかって聞ける予定です。
明日の午前11時には僕らは別れ、妻は一人手術の恐怖に耐えなければなりません。
PCR検査が午前中に終わったので、ホテルに向かいチェックインを済まし、ホテル内でゆっくりとした時間を過ごしました。
夕方から街を散策しながら、食事をする飲食店をさがしました。
妻が受けるのは、脳の手術。
執刀医のS先生のことは信頼しています。
でも、心配が止むことはありません。
そんな想いを奥に秘めながら、夫婦で楽しく食事をしました。
もしかしたら、明日会うのが最後になるかも・・
もしかしたら、明後日以降、オレの事も子供のことも解らない妻になっているかも・・
そんな悪い想いを押し殺し、せまる時間をなるべく楽しく過ごそうと努力しました。
そして翌朝、入院の朝がやってきました。
ファミレスでモーニングを食べたあと、ホテルから車で病院に向かいました。
病院の地下駐車場に着くと、こらえていた想いが込み上げてきました。
1階で入院手続きをすまします。
入院前の説明では、付き添いの僕は1階で妻とサヨナラしなくてはならないと聞いていましたが・・
実際には中央棟の8階の部屋の前まで、行くことができました。
きっと入院棟だったら、それができなかったのだろうと思います。
S大学病院は中央棟と入院棟に分かれていて、中央棟は外来の人が行き来する棟です。
たいていは入院棟の部屋に入院となるのですが、当初は妻の部屋は中央棟の8階でした。
妻は強いです。
僕の方が心細い顔で、手を振り病院を後にしました。
帰りの車の中は、何とも言えない寂しさと、心配でたまりませんでした。
術後の経過と痙攣とその他の症状
手術の当日、朝6時から我が家のラインは活気づきました。
病棟の起床時間が朝6時です。
みたいなやり取りがあり、8:05、妻の「行ってきます!」を最後にラインのやり取りは途絶えました。
頭蓋骨に穴を開けるような大手術。
本来なら家族や両親があつまり、みんなで付き添い送り出してあげるところを、妻一人で手術室に向かわなければなりません。
コロナの時代は、残酷です。
付き添いができない僕は仕事へ行き、娘は学校に行きました。
約5時間の手術と聞いてます。
順調に終われば、だいたい13時半ころでしょうか。
仕事が手につかない心境で、長い時間を過ごしました。
そして14:07、ついに病院から僕の携帯に電話がかかってきました。
電話口の女性が僕である事を確認すると、S先生に代わりました。
先生の穏やかな声が印象的でした。
「ありがとうございます…」
それくらいしか言葉になりません。
僕の身体から、力が抜けていくのがわかります。
本当に良かった、ありがとうございます。
そして簡単な術後説明を受けました。
■ 本人は頭痛が酷いみたい
■ 痙攣は今はまだあるが、筋肉が惰性で痙攣しているので、3ヶ月までには治るはず
■ 中を開けて確認しても、MRIの画像通りで、普通の難易度だったこと
■ 神経と血管の間に小さなスポンジを入れた
■ 妻はこれから24時間、ICUに入ること
早く妻に声をかけたいけれど、妻にはその気力がないはずなのと、ICUなのでスマホの持ち込みはできず、翌日まではlineも何もできません。
『片側顔面けいれん手術』術後の症状と後遺症
以前の説明で、S先生は次のように仰っていました。
・成功率は93%
・手術後、即けいれんが治まる人もいれば、1週間、2週間経って治まる人、半年経って治まる人など、痙攣がしなくなるまでの時間は人それぞれ
・そのため、術後は1年は経過を見る
・それでも数パーセントの人は、再手術をすることになるけど、ほぼそれで完治します
・ごく稀に完治しない人も、居ることは居る
大学病院のホームページを見ると、耳鳴りなどの軽度の後遺症が3例、遅発性顔面麻痺が13例ですが、この遅発性顔面麻痺はすべてその後、完治しているそうです。
さらに深刻な重度の後遺症を発症させた例は0件だそうです。
手術から2日経ったお昼、妻からラインが入っていました。
一番つらいのは、こんな思いして痙攣が治ってないこと・・
妻はまだICUから出たばかりで、術後の詳しい説明は受けてなかったようです。
痙攣が治まってないことは、僕は術後の説明で聞いていました。
ただ、妻と僕はこれまで何度もS大学病院に足を運び、事前の説明を受けてきました。
その中で、妻のように長年「片側顔面けいれん」を患っていると、手術してすぐに痙攣が治るとは限らないと聞かされていました。
だから妻は頭では理解しているのだと思います。
でも、いわば命をかけて臨んだ分、痙攣が治まってないことにショックを抑えきれないんだと思いました。
その後、S先生からも術後の説明を受け、少しづつ落ち着きを取り戻していきました。
家で起きた出来事、病院の出来事、食事などについて気さくに話ができるまでになってきました。
これはS大学病院の食事の1例です。
僕は3ヶ月、妻は後で聞いたら1年くらい、痙攣と付き合う覚悟を決めたみたいです。
そんな、こんなで冗談も飛び交うようなLINEの会話が続きました。
手術から5日目の朝6時。
「痙攣がとまってる」とLINEが入りました。
昨晩寝るときに、耳の違和感を感じていたそうです。
どうも、治る人のほとんどは耳に違和感を感じたり、喉の飲み込みに違和感を感じるそうです。
それらの違和感は、1~2ヶ月で治るのですが。
妻の場合の耳の違和感は、プールに潜ったときのような、こもった音の聞こえ方だそうで、右耳だけの症状だそうです。
その耳の違和感と引き換えに、顔の痙攣が治まっていたようです。
S先生は、術後も病室を訪れては様子を伺ってくれるそうですが、痙攣が治まらず、耳や喉に違和感を感じていないようすに、少し「おかしいな・・」という反応をしていたそうです。
妻から見て、S先生は『耳や喉に違和感がないこと』に対して、「おかしいな・・」という表情をしたと感じたようです。
妻の場合、手術5日目にして痙攣が治まったということです。
LINEを通してですが、家族で喜び合って「おめでとう!!」なんてやり取りをしました。
痙攣による妻の辛さは計りきれなかったし、PTAへの出席を拒む様子も感じていたので娘のPTAは中高はほぼ僕がやっていました。
サバサバ気質でネアカな妻ですが、痙攣の悩みは深刻だったのは解ります。
痙攣の治まりは、家族にとって本当に待ち望んだ大き願いでした。
がしかし、その2日後・・
つまり手術から7日目、また痙攣が再発しました。
妻はまたショックを受け、落ち込む様子でした。
僕も「治った」と確信していた分、ショックでたまりませんでした。
ただ、術後にMRIやCTスキャンも撮ったりしましたが、神経と血管はしっかり離されているのは間違いないようです。
なので、顔面筋の最後の悪あがきとして見ることにしました。
先生もしばらく様子をみましょう、というスタンスです。
ただ、晴れて「痙攣してない顔で退院できる!!」と思っていただけに、ここへ来ての再発はショックでした。
妻が一番ショックに決まってますが、上がったあとの落とされようには僕もショックでなりません。
ある看護師さんが言っていたそうです
この看護師さんの言葉に、妻も僕も救われました。
実は妻はこの手術を受ける前に、様々な同じ病気の体験者ブログを読んでいました。
それらから貴重な情報を得ていたわけですが、これらブログで登場する体験者さんは、ほぼ全ての方が手術してすぐ治っているのです。
だから「自分はなんで??」
という思いが強くなるのですが、リアルに患者さんたちを診ている看護師さんは、すぐ治らない人は普通に多い、という意見なのです。
妻は明後日、退院してくる予定です。
その後、痙攣がどのようになったか、治ったかという話はこの記事の追記として書いていきますので、気になる方、参考にしたい方は、たまに覗いてみてくださいね。
追伸
ここからはランダムな間隔で、術後の症状や気付いたこと、出来事を追伸していきます。
追記1:退院
日曜日の朝、娘と僕とで妻を迎えに行きました。
日曜日の大学病院は、基本外来が休診でひっそりとしています。
病室がある8階まであがると、エレベーター前のベンチに妻が座っていました。
久々の再会に、なんとなく照れながらも「がんばったね!」なんて言ったりして、喜び合いました。
途中、ファミレスでランチをとった後、家路につきました。
妻の症状としては、とにかく頭痛が痛いということ。
痙攣については、確かにあるはあるけどかなり面積も小さく、頻度も少なくなった印象です。
本人にはそう感じていないようでしたが、その後合流した息子も同じことを言うと、「そうかな・・」なんて言ってましたが。
追記2:退院5日目
痙攣が治まっていないことには、すでに長期戦を覚悟している様子で、妻が気にすることはあまりなくなりました。
しかし昨日までは頭痛に悩まされ、辛そうでした。
もともと頭痛もちの妻なので、手術との関連は解りませんが、手術前の頭痛とは種類も痛さも違うとのこと。
今の方が痛く、痛さは「かき氷を食べた後にくるツーンとした頭の痛さ」が一番近いそうです。
あのツーンとした痛さが、四六時中あるようです。
僕から見た痙攣は、術前が10とすると、今は面積が3、頻度が6くらいに見えます。
追記3:手術日から3週間 けいれんが治ったみたいです
今日で丁度、手術から3週間が経ちました。
実は妻の痙攣がほぼ治まったんです。
本人いわく、「まだ、すこ~しあるよ」と言いますが、他人からは何も解らない程度です。
妻の痙攣が治まったのは、4~5日ほど前の日です。
その頃、妻の一番の悩みは頭痛でした。
手術前から頭痛持ち(緊張型頭痛)でしたが、手術前の頭痛が10だとすると、手術後は20に近いくらいの痛さだそうで・・・
そんな状態ですから、意識は常に頭痛に行っていたのです。
ある日、夕飯を食べているとき、僕から見て「妻の痙攣がしないな・・」とは思っていたんです。
でもそんなこと言って、もし僕の勘違いだとしたら「下手な気休め」になってしまうので、まだ言わずにいました。
すると次の日、妻からLINEが入っていました。
目の痙攣が治ってるかも
!!! やっぱり治っていたんです。
結局妻は、手術から約2週間ちょっとで痙攣が治まったことになります。
先生曰く
手術後、痙攣が治まるまでの期間は人それぞれ、2年という人もいる。
妻の頭痛ですが、もう少し詳しく書きます。
日中・・あまり辛くない
夕方・・微熱が出始め、頭痛もピークに向かう (辛い)
夜中・・熱は微熱のまま、頭痛はピークでロキソニンを飲む(薬なしでは眠れない)
こんなことを、毎日繰り返しています。
幸い日中は、比較的辛くないので昼寝などができるようです。
妻の性分で、家事をしてしまうのですが、もちろん抑えめにやってくれています。
そして本日(手術から3週間目)、主治医の先生に予約をとり再度S病院に診察に出向きました。
目的は、頭痛の診断です。
主治医の先生とは、執刀医をしてくれたS先生とは別の人です。
CTをとってもらい、僕も一緒に診察を聞いていましたが一切異常がないとのことでした。
そして、妻の悩みの種の頭痛は「後頭神経痛」だと診断されました。
妻は寝るときも、傷口をかばった姿勢でいるため、そのような症状が出たそうです。
妻の頭痛ですが、友人と電話でおしゃべりとかしてると気にならないとのこと。
つまり「気からくる」という事も考えられそうです。
退院したばかりの時は、家から一歩も出られなかったのが、今は近所のスーパーまで車を運転したりと、アクティブになっています。
段々と頭痛も軽減してきています。
(頭痛というか、後頭神経痛ですが)
手術から約4週間 また痙攣再発??
正確には明日で手術から4週間なんですが、今朝また妻の痙攣が始まりました。
痙攣の面積はピークの時が10とすると、1~1.5くらいです。
頻度はピークの時が10とすると、およそ6くらいです。
頻度がピーク時の6割というのは、けっこうな頻度になります。
でも面積が狭いだけに、他人からはそんなに気になるほどではありません。
肝心の妻の心境といえば、あまり気にしてない様子です。
そして来週には、妻も仕事に復帰する予定です。
こんな感じで痙攣が止まったり、再発したりをしばらくは繰り返すのかな・・と思っています。
痙攣が再発しても、ピーク時を考えれば相当軽いわけだし・・
気長に完治を待とうと思っています。
手術から6週間 目の痙攣は本人しか分からないレベル
今日が手術からちょうど6週間後になります。
妻は僕がブログで病状や経過を発信してるのを知ってますので、今回も6週間後のインタビューに答えてくれました。
「4週間後の記事」では痙攣が再発し、面積がピーク時の1~1.5くらいと書きましたが、今の様子を見る限り、僕にはほとんど無いように見えます。
しかし妻曰く、
・食べてるとき
・歯磨きしてるとき
などに、痙攣しているそうです。
それでも、人にはわからない程の微細な程度だそうです。
「あ、はじまったな・・」
と思うだけ
そしてその時間も短く、少し目を閉じていると治ってしまうそうです。
頻度もグッと少なくなり、今は食事のとき、歯磨きのとき、あとはたまに不意打ちのように起こる程度だそうで、起こっても他人には気づかれない程度だそうです。
後頭神経痛は、相変わらずですが痛みの原因が「後頭神経痛」と解ってるだけに、心配もなく気長に付き合っているという状況です。
先週から妻も仕事復帰し、営業でお客様と笑顔で接しているそうで、その方が神経痛も感じなく、充実しているようです。
手術から2ヶ月 目の痙攣は完全に治まり、頭痛も解消
正確にはあと4日で2ヶ月なんですが、ここで報告を。
妻の痙攣は今は完全に治まっているようです。
そして、術後の最大の悩み「後頭神経痛」の痛みですが、これも今になって治まりました。
術後、目の痙攣が治らない妻に対して、先生が「だいたい3ヶ月以内には治まる人が多いです」と言っていたのですが、その通りになりました。
いろいろありましたが、やっと完治と言える状態になりました。
これで、追伸は一段落しようと思います。
この記事が、同じ悩みを持つ誰かのお役に立てれば嬉しいです。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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