徳光和夫さん vs AKB48ぱるること島崎遥香さん

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TBSテレビの「ジョブチューン」での徳光和夫さんの「やりずらいゲスト」に島崎遥香さんが実名で

今月10日TBSの人気番組ジョブチューンで人気司会者スペシャルでの出来事。徳光さん曰く、人気グループAKB48の「ぱるる」こと島崎遥香さんを名指しで「答えと違う事をペラペラ喋りやがる」「質問をシカトするんだよ」「腹立つよ」「屈辱的」と発言。

これについてはAKB総選挙での出来事を語っていたみたいですね。

はじめは2013年のAKB総選挙の時、選抜入りを果たしたメンバーは一人ずつマイクの前でスピーチをするのですが、だいたい2~3分のところ島崎遥香さんは持ち前の個性であっさり1分強のスピーチで終わらせた。

そこで司会を務める徳光さんが何とか思いをもう少し引き出そうと質問を投げかけるのですが、見つめるというのか、睨むというのか微妙な目線を徳光さんに向けたまま無言を貫き終了。

島崎遥香さんは日頃からこんな「塩対応」を売りにしている、というか周りが面白がってそういう態度を個性と認めているところがあります。

そして翌2014年の総選挙ではスピーチをやはりメンバー最短の1分強で終わらせると恒例の徳光にマイクがバトンされるのを待たずにサッサと席に戻ってしまったらしいですね。
この事らから上記の発言となったみたいです。

島崎遥香の『塩対応』に厳しい声も

11月に放映予定のホラー映画「劇場霊」にはこの島崎遥香さんが主演を果たすのですが。
この映画関係者、芸能事務所関係者の中には「『塩対応』は彼女の代名詞なのは解るがそれを面白がる人がいない現場ではただの不愛想、礼儀知らずに映るだけ」
「仲の良い子とだけおしゃべりをしているが、他の共演者、スタッフ、制作会社の人などには挨拶すらしない」
「みんなが一様に挨拶をする場面でも一人だけ頭を下げていない、目立つ」
などの発言があるそうです。

でも当の本人は悪気があってやっている訳でもないようなのです。
少なくとも徳光さんの件に対しては「言いたいことを全てスピーチしたので他に話すことが思い浮かばない」とか「徳光さんはいつも総選挙の司会をしてくださり好きですよ」などとも話しているらしいです。
人気を生命線とし、縦社会でもあり、更に芸能人だからなおさらこうして世間に取り上げられてしまうのでしょうけど、似たような人種は男女問わず私たちの周りにもいるのではないでしょうか。

視野が狭い世界に生きている

たまたま今回のケースで島崎遥香を例に取り上げさせてもらいましたが、このようなタイプの人は老若男女、古今東西居るのです。

しかし、確かに若い世代には多いです。今も、昔も。

昔若い世代は今、アダルトかシニアです。
結局のところ「気が付く」か「気が付かない」かのところなんでしょう。
気が付かないから、行動や言動に失礼とも思わない。
実際、失礼と決めるのは・・失礼と感じるのはその場に居合わせた他人で、本人からするといつもの行動、自分の価値感、判断基準、クセなどから出る自然なものなのかもしれません。
では何故、今も昔も若い世代でこのようなタイプの人が多くいて中高年には少なくなるのでしょうか。
(世代に分けて多い、少ないと決めつけているわけではありませんが私が社会の中で人と接している感覚の中で感じている尺度にすぎません)

それはズバリ、視野の広さに関係があると思います。
これもお断りをしておきますが、視野が広い、狭いに良いも悪いもないです。
というか広いに越した事はないですが、誰もは狭いところからスタートしていますから。かくいう私もまだまだ発展途上と自覚していますので。
話を戻します。
例えば
子供の頃から活発で外交的な性格の人は気の合う人とはもちろん、気が合わない、価値観が合わない人とも関わっていくすべを身に付けているのでしょう。
そのすべとはアウトプット的には自分の想いを相手に伝える為の表現方法が豊で、いくつ物ツールを身に着けています。
話し方も、表情も、ボディーランゲージ、声のトーン、間、喜怒哀楽を入れるタイミング・・それぞれを何パターンも複雑な人間関係の中で自然と身に付けているのです。
インプット的には気付く力、感性が磨かれている事です。
若い時から色々なタイプとの人間関係で育まれた嗅覚なのです。
気付けるから次の一手を打てる。
相手の為にも自分の為にも。
逆に子供の時からある一定の気の合う、同じ価値観を持ったグループでのみ行動を共にしてきた場合、前者の人に比べてそこまでのアウトプット感覚、インプット嗅覚を身に付ける必要性もないのは言うまでもありません。
よって両者の感覚は大きなヅレとなり摩擦が起こるのではないでしょうか。
これが社会に出ると否が応でも色々なタイプの人たちと関わってきます。そこである程度の年数をこなすと前者の感覚、嗅覚を身に付けていくので「若い世代は」という事になるのでしょう。
但し、今までそれが普通であったものを新しい感覚を取り入れる、価値観を転換するという行為は並大抵のことではないでしょう。
これも自分から気付いて(納得して)変革を起こすのと、外部から半強制的に圧力によって変革を起こすのとではアレルギー反応も違うでしょう。

まとめ

簡単に世代間ギャップと受け取られそうな話題でしたが似たような事象はあらゆる社会であるのではないでしょうか。
またこれはいつも自分が前者あるいは後者に定位置がある、という事ではないです。
やはり視野の広さで決まると思います。
Aさんと関わるときは自分は後者ぎみの立ち位置になり、Bさんと関わるときは前者の立ち位置になるという事なんだと思うのです。
前者の立ち位置になった時に相手を軽蔑するのではなく寛大に見守るという姿勢をもてると素敵だと思います。

今日も最後までお読み頂きありがとうございました。

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